Covid-19軽症患者に対する治療アプローチ(2023年以降のエビデンス)
抗ウイルス薬の使用適応(高齢者・軽症例)
▶ 高齢のみのリスクで治療すべきか: 高齢であること自体がCOVID-19重症化の最重要リスク因子の一つです 。
そのため65歳以上の高齢者は、たとえ他に明らかなリスク因子がなくても、抗ウイルス薬投与の適応になり得ます。実際、米国NIH/CDCでは**50歳以上(特に65歳超)**を重症化リスクとみなし、早期治療を検討するとしています
(COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
日本でも65歳以上はリスク因子に位置づけられ (COVID-19に対する薬物治療の考え方 第15.1版(2023年2月14日)) ワクチン未接種の高齢者は抗ウイルス薬適応の優先度が高いとされています 。
▶ レムデシビル (点滴静注) の位置付け: レムデシビル(ベクルリーⓇ)は入院を防ぐ効果が高く、軽症~中等症患者(酸素投与不要)における臨床試験では入院・死亡リスクを約87%減少させました ()※PINETREE試験;主にワクチン未接種対象)。
この有効性から、軽症でも重症化リスクが高い患者には発症早期に3日間のレムデシビル点滴投与が推奨されます 。
(COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
特に他の経口薬(パキロビッドなど)が使えない場合の有力な選択肢です (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) 一方で点滴治療の負担と費用が大きいため、リスクが低い軽症者には通常用いません (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
例えばワクチン接種が行き届いた健康な高齢者では、重症化する確率自体が低下しており、レムデシビル投与による絶対リスク減少が小さいため、投与は慎重に判断されます ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC ) (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group)
WHOの最新ガイドラインでも、「重症化リスクが中〜低程度」の軽症患者にはレムデシビルを推奨しないとされました (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) つまり高齢者であっても、十分に免疫がありリスク中等度にとどまる場合には経過観察が選択されることがあります。
▶ モルヌピラビル (経口薬ラゲブリオ) の位置付け: モルヌピラビルは5日間の経口抗ウイルス薬ですが、臨床試験での重症化予防効果は約30%とやや低く () 有効性について議論があります。MOVe-OUT試験(未接種者対象)では入院リスク低減を示したものの、ワクチン接種者主体の後続試験では入院・死亡を有意に減らさなかったとの報告があります ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC )
英国PANORAMIC試験)。実際、PANORAMICの結果、英国ではモルヌピラビルの広範な使用が見送られる傾向になりました ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC )
それでも、オミクロン流行期の観察研究では、高リスク患者に投与すれば入院や死亡が減少するとのデータもあり (Both Paxlovid, molnupiravir lower COVID Omicron deaths, hospitalizations, studies conclude | CIDRAP) (Both Paxlovid, molnupiravir lower COVID Omicron deaths, hospitalizations, studies conclude | CIDRAP) 一定の効果は認められています。
各国ガイドラインにおいては「他の治療が使えない場合の最終手段」的な位置付けで、パキロビッドやレムデシビルが適さないケースでのみ推奨されます (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
高齢者で他にリスク因子がない場合、モルヌピラビル投与の判断は慎重で、特に十分なワクチン接種歴がある場合は積極的には推奨されません(WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group)
一方、ワクチン未接種の高齢者など重症化リスクが高い場合には投与が検討される(WHOも「高リスク患者には投与を示唆」としている) (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) いうのが最新の見解です。なお、モルヌピラビルは胎児への影響リスクから妊婦には禁忌であり注意が必要です 。
抗ウイルス薬の費用対効果と使用推奨度
▶ コストと効果のバランス: アウトカム改善効果と薬剤費・手間を秤にかけた費用対効果の観点では、各薬剤で事情が異なります。レムデシビルは点滴治療ゆえにコストと医療資源を要しますが、それによって入院期間短縮や病床占有減少につながるため、一部の経済評価では十分費用対効果に見合うとの結果も出ています ( Remdesivir-related cost-effectiveness and cost and resource use evidence in COVID-19: a systematic review – PMC ) 例えばイギリスの分析では、レムデシビル治療シナリオの費用対効果は許容閾値の8~23%程度でコスト有効との報告があります ( Remdesivir-related cost-effectiveness and cost and resource use evidence in COVID-19: a systematic review – PMC ) 一方、モルヌピラビルは1コースあたり数万円(英国では約513ポンド≒9万円)の価格が設定されているのに対し効果が限定的で、ワクチン接種者における費用対効果は低いと指摘されています ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC ) PANORAMIC試験データに基づく経済評価では、「現在の価格の3分の1程度まで安価になれば高リスク高齢者(75歳以上)では費用対効果が見合う可能性があるが、現行価格では費用対効果が得られにくい」と結論づけられました ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC ) 要するに、モルヌピラビルは重症化リスクが極めて高い一部患者を除き、経済的観点から推奨度が低い状況です。
▶ 推奨度の優先順位: 費用対効果や有効性を踏まえ、治療ガイドラインでは抗ウイルス薬の優先順位が明確にされています。最も推奨度が高いのは経口のニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッドⓇ)で、安価かつ有効性が高いため第一選択とされます (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
次にパキロビッド使用不可の場合の代替としてレムデシビル(高額だが有効) (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC)
最後の選択肢としてモルヌピラビルという順です (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) 欧州では有効性への疑念からモルヌピラビルの承認申請自体が取り下げられるなど 事実上推奨されない動きもあります。日本国内でも2023年5月以降は新型コロナ治療薬の公費負担が縮小し自己負担が発生しているため、費用対効果の低い薬の安易な投与は控える方向です ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC ) (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) 総じて、これら抗ウイルス薬は「適切な患者に適切な薬を選ぶ」ことが重要で、メリットが費用や副作用リスクを上回る場合に絞って使用が推奨されています。
軽症患者への血栓予防(ヘパリン投与)
▶ 外来軽症では原則不要: 軽症・非入院患者に対するルーチンのヘパリン投与は推奨されていません。COVID-19では重症例で血栓症リスクが高まる一方、安定した外来軽症患者の静脈血栓症発生率は極めて低く (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) リスクが出血などデメリットを上回る可能性があります。実際、ACTIV-4b臨床試験(40歳以上の外来患者を対象にアスピリンやアピキサバン vs プラセボを比較)では、いずれの介入群でも有意な予防効果は示されずイベント発生率自体が非常に低い結果でした (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) これらのエビデンスを受け、米国血液学会(ASH)など専門機関は「酸素投与を要さない軽症~中等症のCOVID-19患者に対し、血栓予防目的で抗凝固療法を開始すべきでない」と明確に勧告しています (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) したがって、高齢軽症者であっても入院せず活動できている限り routineでヘパリンを使うメリットは乏しいと考えられます。
▶ 入院症例では個別判断: 血栓予防が重要なのは入院患者です。重症COVID-19では血栓合併率が高いため、入院中の全ての患者に少なくとも予防量のヘパリン投与が推奨されます出血リスクがない場合)。一方、軽症でも長期臥床や既往症など個別にVTEリスクが高い場合には、在宅でも例外的に予防的抗凝固を考慮することがあります (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) 例えば早期退院(自宅療養)した患者で著しく活動性が低下している場合など、リスクと出血傾向を勘案して判断します (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) しかし一般論として、軽症外来患者に一律にヘパリンを使うことは推奨されず、必要に応じたケースバイケースの対応に留まります (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) 患者には血栓症のサイン(息切れ、胸痛、ふくらはぎ腫脹など)を説明し、症状出現時に速やかに受診するよう指導することが現実的な対応です (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org)
主なガイドラインの推奨内容まとめ
- 世界保健機関 (WHO): 2023年11月更新のWHOガイドラインでは、軽症(非重症)患者でも重症化リスクが高い場合にはニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド)を強く推奨し、中程度のリスクの場合も推奨としています (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) 一方、レムデシビルやモルヌピラビルはリスクが高い症例にのみ使用を「提案」し、リスク中~低程度の患者には使用しないよう勧告しました (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group)
これはオミクロン株やワクチン普及で大半の患者の重症化リスクが下がったことを踏まえ、治療による入院リスク減少が1.5%以上見込まれる高リスク層に資源を集中させる方針です (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) またWHOは入院患者には全例でヘパリン予防を推奨する一方、非入院の軽症者への抗凝固療法は推奨していません。 - 米国 (CDC/NIH): 米国ではCDCもNIH治療指針も概ね一致しており、重症化ハイリスク患者への早期治療を強調しています。リスク因子には高齢・基礎疾患・免疫不全などが含まれ (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) 該当者には発症5~7日以内に治療開始するよう推奨されています (Treatment Options for COVID‑19 – ASPR – HHS.gov) 治療の第1選択はパキロビッドで、腎障害や併用薬の問題で使用できない場合に第2選択としてレムデシビル (3日間静注)、それも難しければ第3選択としてモルヌピラビルを用いるという 優先順位 が示されています (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) IDSA(米国感染症学会)も同様の勧告を出しています。抗凝固については、外来患者へのルーチン投与は行わないこと、入院患者には標準的VTE予防を行うことが米国のガイドラインで明確にされています (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org)
- 日本 (厚生労働省): 日本の「新型コロナ診療の手引き」(2023年版)でも、65歳以上や基礎疾患ありは重症化リスク因子とされています (COVID-19に対する薬物治療の考え方 第15.1版(2023年2月14日)) 国内で利用可能な治療薬はパキロビッド、レムデシビル、モルヌピラビル、そして国産のエンシトレルビル(ゾコーバⓇ)などですが、オミクロン株に有効な主要3剤としてパキロビッド・レムデシビル・モルヌピラビルが挙げられます 。 ガイドライン上は発症早期に重症化リスクのある患者へこれら抗ウイルス薬を投与するよう示され、各薬剤選択時には「年齢、重症化リスク因子の数、免疫不全の有無、発症日数、静注の可否、薬剤相互作用」等を総合考慮するとされています 。具体的適応基準の一例では、「ワクチン未接種の65歳以上」や「ワクチン未接種で基礎疾患を有する中年層」は投与を強く検討し、「ワクチン接種済み高齢者のみ」の場合は他のリスク因子の有無で判断を分ける、というようにワクチン効果も踏まえた細かな基準が設けられています 。要約すれば、免疫が不十分な高齢者には積極的に薬物療法を行い、十分免疫がある軽症者には無理に投与しない方針です 。血栓予防に関しては、日本でも入院患者への低用量ヘパリン投与が標準であり、軽症自宅療養者への予防投与は推奨されていません(重症化リスクが低いため)。
- その他の国際動向: 英国のNICEも重症化リスク評価に基づき治療適応を判断する方針で、パキロビッドが推奨されます。英国で実施されたPANORAMIC試験の結果、ワクチン接種済みのリスク中程度患者にはモルヌピラビルの入院予防効果が乏しいことが示され ( Cost-utility analysis of molnupiravir for high-risk, community-based adults with COVID-19: an economic evaluation of the PANORAMIC trial – PMC ) 現在は最高リスク群に限定して抗ウイルス薬を投与する戦略となっています。欧州医薬品庁(EMA)では先述の通りモルヌピラビルの承認申請が撤回されており 、 欧州各国でも同薬の使用推奨度は低い状況です。各国とも「重症化ハイリスク患者への早期治療介入」という大枠は共通しつつ、そのリスク層の定義や治療薬の選択肢は国情(利用可能な薬剤や費用)に応じて調整されています。
総合的な治療方針まとめ
以上のエビデンスとガイドラインの知見を踏まえると、Covid-19軽症患者の治療方針は次のように総合できます:
- 重症化リスクの評価: 患者の年齢、ワクチン接種状況、基礎疾患の有無を評価し、重症化リスク(高・中・低)を見極めます (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) 高齢(特に65歳以上)や重大な持病・免疫不全は重要なリスク因子であり 、該当する場合は治療介入を積極的に検討します。一方、若年で健康かつワクチン接種が十分な場合はリスク低~中と判断され、抗ウイルス療法なしで経過観察とすることも安全と考えられます (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group)
- 抗ウイルス薬治療の選択: 重症化リスクが高い軽症患者には発症早期に抗ウイルス薬を投与して入院・死亡を予防します。具体的な優先順位は、(1)パキロビッド(経口、相互作用に注意) (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) (2)レムデシビル(静脈投与3日間) (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) (3)モルヌピラビル(経口5日間) (COVID-19 Treatment Clinical Care for Outpatients | COVID-19 | CDC) 順です。高齢者で他にリスクがない場合でも、ワクチン未接種なら原則投与、ワクチン接種済みなら様子を見る選択肢もあるなど、個々の状況に応じて決定します () (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) 治療の有無にかかわらず早期の十分な経過観察が重要で、症状悪化時は入院管理への切り替えを速やかに行います。
- 支持療法と合併症対策: 軽症患者には解熱鎮痛薬や十分な水分・栄養など対症療法を行います。酸素投与が不要な段階ではステロイドや免疫調整薬は用いません。血栓予防のヘパリンについては、入院が必要な状態に至ってから標準的予防量を投与するのが一般的で、在宅療養中の患者には定期的な抗凝固療法は行いません (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) ただし長期臥床など特別な事情がある場合は医師の判断で個別対応します (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org)
- ワクチンと公衆衛生: 治療だけでなくワクチン追加接種の推奨や健康教育も重要です。最新エビデンスでもワクチンや既感染による免疫が重症化リスクを大幅に低減することが示されており (Both Paxlovid, molnupiravir lower COVID Omicron deaths, hospitalizations, studies conclude | CIDRAP) 高齢者ではブースター接種により抗ウイルス薬を使わずに済むケースも増えています () また療養中は適切な休養と他者への感染拡大防止策を指導し、症状経過に応じて臨機応変に対応します。
以上を総括すると、2023年以降の最新エビデンスに基づく軽症COVID-19患者の治療戦略は、「患者の重症化リスクに応じて抗ウイルス薬を選択的に用いること」「費用対効果や安全性を踏まえ最適な薬剤を選ぶこと」「軽症外来例では不要な治療(例:抗凝固の乱用)を避け、必要な支持療法と観察を行うこと」のバランスが取れた方針となっています (WHO updates its guidance on treatments for covid-19 – BMJ Group) (COVID-19 and VTE-Anticoagulation – Hematology.org) このようなアプローチにより、患者にとっても医療システムにとっても最善の結果が得られると期待されます。
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