灌流固定Q&A

還流固定について自己満的まとめ。

灌流固定とは実験動物の血液をPFAなどで還流してタンパク質を固定することです。そして固定されたサンプルをスライスして、免疫染色などの方法で目的タンパク質が発現しているかなどを確かめます。分子生物学の世界では必須の実験手法ですね。

さて、以前された質問をまとめておきました。


■灌流固定ってタンパク質を固定する原理、メカニズムを教えて下さい。

A.タンパク質の高次構造というのは弱い結合で立体形成をしています。具体的に言いますと、ファンデルワールス力、疎水性相互作用、水素結合などのよわい結合でゆるーくつながっています。ですから、これらは温度変化、pH変化などで簡単に壊れてしまいます。大切なサンプルがぼろぼろになったら悲しいですよね。そこで固定の出番です。固定とは文字通りタンパク質を固定します。そのためにパラホルムアルデヒド para form aldehyde(PFA)という物質を使います。*1ホルムアルデヒドはCH2=Oという構造をしていますが、これはタンパク質内のチオール基-SH基からHを取り去ってジスルフィド結合SS結合 をつくります。これは分子間力なんかに比べたら非常に強い共有結合です。他にもホルムアルデヒド分子は単一アミノ酸残基末端との結合,さらにヒドロメチル基(-CH2OH)により別のアミノ酸末端残基と連結してメチレン架橋(-CH2-)を形成してループ構造や二本のポリペプチド鎖を架橋することにより蛋白質の安定化に寄与します。


■パラホルムアルデヒドが手に付いてしまったんですけどもこれって危ないですか?

A.非常に危険です。エチレンブロマイドの2000倍危険です。(エチレンブロマイドはDNAに入り込むので発がんの可能性がありますが、実際に浴びてガン化したという臨床報告は一例もないそうです。2000倍の根拠は全くありません。)パラホルムアルデヒドはやはり手に付いたりすると固定されちゃいます。全力で洗い流しましょう。何よりも危険なのは目に入ることです。がちで失明してしまいます。これは余談ですが、戦後まもないころ、メタノールのお酒が出回りそれを飲んで失明した人がたくさんいるという話を聞いたことがあるかもしれませんが、何故失明するかというと、体内でメタノールが酸化されてホルムアルデヒドになるからです。ホルムアルデヒドは網膜のタンパクを固定しやすいらしく、失明につながります。因みに飲み過ぎると当然死にます。

■マウスの鼻から水が出てきた・・・

これは間違いなく失敗でしょう。鼻ー食堂ー消化器系と別の所に固定液が注入されている可能性が高いです。もう一度針が何処に刺さっているか確認してみましょう。


■肺が膨らむ理由・・・失敗でしょうか?

これは翼状針を刺す場所が間違っていなからでしょう。本来なら大動脈に通じる左心室に刺さなければならないのですが、肺動脈に通じる右心室に針をさしてしまったのでしょう。右心房に入るPFAは全て肺に行ってしまい、肺静脈からの流出が間に合わずに肺に溜まるのでしょう。おそらく・・・。


■PFAを入れる前にPBSで灌流しないとだめなんですか?

脱血せずに直接PFAを入れると血球タンパクが固定されて血管が詰まってしまいます。ですから一度PBSで血液を全て抜きます。


■髪にPFAが付いたらまずいですか?

髪の構成タンパクがケラチンというのは割と有名だと思いますが、ケラチンにはシスチン含有量が非常に多く、ジスルフィド結合されているので、これ以上固定されようもない気がしてしまうので大丈夫でしょう。保証はできませんが。


■骨切りばさみと皮切りばさみは何故分けてあるのですか?あと、このはさみ切りにくいです。

骨は硬くて普通のはさみで切るとすぐグダグダになってしまうので、より強いはさみを使います。はさみがもろくなった場合はもちろん変えたほうがよいのですが、代替品が無ければアルミホイルを重ねて切ってみましょう。
切れ味がよくなるはずです。*2

こんぐらいですかね。
でもまた気分次第でもっと深く書いてみたいと思います。

*1:ホルムアルデヒドとは、ホルマリンの希釈溶液です。ホルマリン漬けなどよく耳にしたことが有るかもしれませんが、あれはホルムアルデヒドの飽和水溶液(約40%)。今回の実験では4%PFAを使いました。パラホルムアルデヒドとは、ホルムアルデヒドがパラになっただけです。つまりホルムアルデヒドが重合した物です。パラというのは有機化学のオルト、メタ、パラでおなじみのパラです。パラには離れた、平行などの意味があります。パラリンピックのparaもここから来ているようです。

*2:アルミは柔らかい金属でハサミや包丁などの鉄や鋼などとの親和性が良いです。ですから、切るときに摩擦熱と圧力でアルミが溶けて刃にくっつきます。はさみの欠けた部分を補ってくれるので切れ味が復活するわけです!因みに包丁などでも同様に切れ味が良くなります。

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コメント

コメント一覧 (3件)

  • 薬理系の研究室に所属したばかりの学生です!
    灌流固定について詳しくまとめられており、大変参考になりました。ありがとうございます!

  • 左心室に針を正確にさせている場合であっても、肺が膨らむ場合はあります。これは逆流しているためです。便があるため逆流しない様な気がするものですが、流速がそれなりにある場合、左心室から投与出来たとしても実際は逆流し、右心房に、更には肺にまで流れて行きます。そして肺が膨らむのですが、ここで逃げ場を失った溶液が肺胞から漏れ出し、器官を通じて鼻から漏れ出て来ます。逆に言えば、鼻から溶液が漏れ出ている時は大概の場合肺がふくれ上がっています。この時灌流が上手くいっていないのかといえば、溶液量をしっかり流してあげれば灌流出来ます。もし心配であれば、この時の脳と脱血のみの脳で比べてみれば固定液が届いているかは明確に比較できるでしょう。因みにですが、左心室に入れたつもりが左心房まで針が届いている時にこれは起きやすいです。しかしその状態であっても、経験上は問題なく灌流出来ています。

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